トロントロン通り
自分の事を自慢する人がいる。
「それは凄いですね」何て、油を注ごうものなら大炎上だ。
友人の自慢は寿司屋の「とんかつ」。
もう耳にタコが出来ており、何度も聞かされているものの中々連れては行かない。
厚みが3cmと分厚く、ソースではなく、塩でいただく、究極の極美味カツと絶賛する。
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その日、11時にやって来ると、それを食べに行かないかと誘われた。
断る理由などあるはずもなく、車に飛び乗り、目的地を目指す。
都農と思いきや、それは軽トラ市で有名な川南のトロントロンにあるという。
定休日でないことを祈りながら、旧道にウインカーを切った。
玄関に掛かった「のれん」が見え、口には出さなかったが、僕らは、ほっとした。
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満席ではないが、そこそこに客が入っている。
彼のあごで指す方向の女子二人、天丼定食の量の多さに、思わず笑みがこぼれた。
お茶を持って来た店員に、メニューを開くことなく、とんかつ定食を注文する彼が頼もしい。
1800円の値段に驚かなかったのは、彼がおごる番だったからである。
「じゃじゃーん」、テーブルに置いたとんかつが、叫んだ。
「何だ、これは。」驚く僕に、「どうだ」と言わんばかりに彼が鼻の下をこすった。
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一つほお張ると、口の中に、ごはんの入るスペースはなくなる。
我々の年代が不得意とする、あぶら身がカットするたび、テカテカと顔を出す。
ハンバーグのジューシーな肉汁ではない、あぶらそのものだから困ったものだ。
僕が口に入れる度に、正面に座る彼の熱い視線を感じる。
おそらく味の感想を聞きたがっているのだろう。
いや、美味しいですけどね、日向の「不二かつ」ファン、しかも「ひれかつ」好きの僕は、このこってりで太るのが怖い。
しかも、200グラム強はあり、食べきれなかった。
彼が言った「これに不二かつのソースをつけて食べてみたい」
僕も言った「不二かつの「ひれ」が食べたい」…
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それから二週間がたった昨日、彼がまたしても川南に行こうと言い出す。
今度は「幻のラーメン」だそうだ。
その人気は川南はもとより県内一円に名をとどろかせたが、オーナーが高齢になり店を閉める。
しかし、お客様の強い要望で、そのレピシを受け継いだある夫婦が、店を復活させたそうだ。
彼もそこに行くのは初めてで、先程から誰かに携帯で店の場所を聞いている。
トロントロン通りだというが、目をこらしても見つけることは出来ず、国道に飛び出した。
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再度電話をかけながら、来た道にUターンをして、目印のタクシー会社を探す。
その隣というが、ここ?…ホントに? 看板も、のれんも、駐車場もない、
分かるはずがないではないか。
近くの空き地に、恐々と無断駐車し、ガラス越しに店を中をのぞいてみた。
客が一人、こちらに背を向け何やら食べているようだが、それがラーメンなのかは確認できない。
ご婦人がウィンドウショッピングでセカンドバックや首飾りを見定めているならまだしも、
ガラスに顔をこすり付け、ラーメン屋の是非を問う二人は、怪しき不審者以外の何者でもない。
中を隅々まで検分していると、我らに不信感を抱く主らしき人物と目が合い、
身の潔白を証明するには、入るしかないと思う。
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中に唯一いた客人一人が、我々が入ると同時に立ち上がり勘定を済ませた。
ひょっとしたら満員で入れないかも知れないと、やって来たが、
最後の一人が退却し、お昼のゴールデンタイムに二人は店を独占した。
この状況が、吉と出るか凶と出るか、3種類しかないラーメンの味にかかっているのは間違いない。
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友人は味噌、僕は醤油を頼んだ。4人掛けのテーブルが3つ窮屈そうに並べてある、
手の届きそうなところに女将さんがいて、目の前のカウンター越しの主の吐息が聞こえる。
到底ひそひそ話は出来ず、平凡な醤油をすすりながら、
これの何処が「幻」なのか、無心に味噌味を食らう友人に訪ねることも出来なかった。
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帰りの車の中から彼が感想を誰かに報告している。
そして電話を切った後、言った「味噌だけが、ずば抜けて、美味しいらしい」と
3種類しかない味噌の金をたたえたが、醤油が負けたにせよ、銀もしくは銅メダリストなのである。
判定は、次回塩ラーメンを食べる僕ら二人にゆだねられた。
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