太洋航海日誌〜太洋開発社長ブログ〜の一覧に戻る

2017年07月26日  カテゴリ[台湾紀行 ]

台湾の旅(その.1



・



・



ひょんなことから台湾に行くことに。



参加者7名中、初台北が4名だった。



初とういうのは、胸高らかに、ワクワク感は半端ないもの。



2泊3日の工程は物理的に宮崎直行便は難しく、福岡発着に落ち着いた。



・



昨年のアフリカ探検でも座席の背中に埋め込んであるビデオスクリーンで時間をつぶし



乗り継ぎのドーハまでの渡航12時間を短く感じさせた。



今回利用するチャイナエアも日本語吹替版が満載で映画を選ぶのに苦労し



1本見終わる事なく台湾に着いたではないか。



・



台北は読んで字の如く、島の北に位置しており、観光地もふんだんにある。



中正記念堂、忠烈祠、故宮博物館、九份などを廻っていると2泊では足りない。



中国大陸から東南アジアにかけての楽しみは朝の散歩です。



公園で太極拳や体操をしており、その中に交じり込んで親睦を深める。



台湾は日本語の話せる人がグループに一人や二人は必ずいるので安心だ。



・



グーグルでホテルの位置を検索し、事前に近隣の公園をチェツクしておいた。



宿泊先は台北の中心街で官公庁がひしめく中にあった。



「翌朝6時ロビ―集合」の呼びかけに、2名以外がワクワク座っている。



公園は目と鼻の先で、ホテルの自動ドアからでも確認できる。



樹木が青々と茂る中の遊歩道を進みながら目的を探す。



しかし10分歩いたところで公園の裏門から広い公道に出た。



いまだかつて、太極拳に出会わなかったことない僕は、必死になって言い訳をした。

ナビにもう一つ公園を見つけたが、そこまでの距離が分からず、

ウォーキングの移動手段しか持ち合わせのない我々はすぐに断念した。

帰り道、自動小銃を持った警備兵が台湾総統府の前に立っていた。

「ニーハオ」の挨拶にも無表情に反応はなく、それどころか「立ち止まるな」と怒られた。

この建物は日本が統治していた明治時代に造られたもので、今も使われている。

週末には建物の内覧ができ日本語の話せるガイドさんも付くそうだ。ここに行きたかったなぁ。

・

・

・


・

・

・





故宮博物館と言えば、蒋介石が中国から持ち込んだお宝が大よそ70万点。



この話は以前「IR会台湾を行く」で綴った通りなのですが、



今回はガイドがつき、説明を受けているうちに物知りになる。



・



象形文字が青銅器に刻み込まれていた。



今の漢字の原型だとういう事が一目で分かる。



この頃日本では、たて穴式住居に住み槍で獣を追い回していた縄文時代。



それから弥生時代を経て古墳時代に朝鮮から仏教・漢字がようやく日本に伝わる。



その恩も忘れ、隣国を植民地にせんと侵略するとは不届き旋盤といまだに反日感情は深い。



白菜にキリギリスが乗った翠玉白菜と豚の角煮の様な肉形石の彫刻は有名だが



豚の角煮は台南の博物館に出張しており留守だった。





・



・



・




・



・



・




・



・



・





・



・



・




・



・



・




・



・



・




・



・



・




・



・











・


コメント欄

コメントを投稿する



メールアドレス: / 名前:
コメント