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2016年06月18日

#30『エクス・マキナ』


人里離れた研究施設でAI(人工知能)を研究している社長の元にやってきた主人公。社長ネイサンの研究を助けるためにチューリング・テストを行うことになったケイレブの前に現れたのは女性のロボット:エヴァだった(美尻)。




 

■すぐそこにあるかもしれないラブストーリー

出てくるキャストも舞台もかなり少なく、限られた空間と人物だけで人工知能を題材にした低予算のにおいがプンプンするSF作品。ストーリーだけ聞いてもよし観に行こう!って感じにはならない。フックがあるとすればエヴァを演じたアリシア・ヴィキャンデルちゃんのカワイイお尻ぐらいか。

 

だけど、これは傑作だね…。

 

そしてこの美尻こそ、この映画が秘密にしていた要素に絡んでくるんですがそれは後程。

 

上記のような限られた状況下、そしてSFという題材。となれば必然なのは台詞の多さだ。

 

この映画はほとんど会話劇のように進んでいく。しかも絶えず二者の間の会話のキャッチボールだけで物語を語り、テーマを浮き彫りにしていく。

 

これは脚本や構成がダメだったら目も当てられない惨事を招くが、この点はこの映画はうまく練られていて、巧みな伏線、意外な事実が明らかになるタイミングなどが上手く機能している。加えて役者陣の演技もグッド!

 

いい人そうなんだけどなんか付き合うのはちょっとねぇーって感じのケイレブを演じたドーナル・グリーソン。なんかこいつ何考えているかわからなくて気味が悪いネイサンを演ずるオスカー・アイザックの間に漂う空気は作品の緊張感を底上げしているね。あとエヴァを演じた…おっと、これはここで言うべきじゃないことだ。

 

そしてその丁寧に作られたお話に強力なサポートをしてくれるのが舞台となった建物のデザイン、色、音楽、そしてカメラワークがまぁ見事!どれも邪魔になっていないし、むしろこの作品が目指そうとしているであろう雰囲気に一役も二役も担っている所もこの映画の大きな魅力だ。ど派手なシーンや大爆笑などのエンタメ要素はないけれど、静かにうねりながら徐々に大きくなっていく不穏な空気による刺激は知的好奇心にビリビリくるはずだ。

 

なんか、普段使っていない脳の箇所をくすぐられている感じもしてくるね。

 

あっ、ラブストーリーが観たい人にはオススメだ!私はこうゆう恋愛物語こそ好きなんです。基本的にラブロマンスは大嫌いなのですが、こうゆうラブストーリーはいいねぇ。

 

それにしても、この作品はネタバレなしでは説明しにくいね!なので、ここから先はもう観た人の為のレビューとなります。ご注意を。

 

以下、ネタバレ。

 

AIロボットたちの正体

物語の途中からいきなりひょいと出てくるキョウコ。彼女もまた美しい脚だなーと感心しました。後で知ったのですが、エヴァのアリシアちゃんとキョウコを演じたソノヤさんは二人ともバレエ経験者です。

 

お尻やスタイルが綺麗なのもさもありなん。眼福を賜っていたら、彼女もまた人間のような外見で作られたロボットであることが判明する。

 

そして、主人公ケイレブはこの研究施設にエヴァ、キョウコ以外にもたくさんの人型のロボットがいることを発見する。そしてそれはすべて女性型ロボットだった。

 

その秘密を見つけた時、ケイレブは言及しないが脳裏には少し前にネイサンが話した内容を反芻していたはずだ。

 

「エヴァとファックするか?ちゃんと感じるように作ったんだぜぇ」

 

ネイサンはセックスをできるロボットを製造していたのだ。綺麗な身体をしているのには大きな含みがあったのだ。

 

こいつは酷い!気持ち悪い!ということで、もう既にだいぶラブっちゃっているエヴァちゃんを救出すべく、ケイレブ君はネイサンをはめようとする。しかし、この映画はさらにどんでん返しがあった…。

 

■男はみんな馬鹿

結果、ケイレブはネイサンの裏をかき、彼を嵌めることに成功する。しかし、ネイサンに手を下すのはエヴァとキョウコの女性(ロボット)だ。二人で一回づつ包丁で前から後ろからさして殺害!さぁ、自由だ!ケイレブくんと一緒に外の世界へ……と思いきや、エヴァはケイレブを研究施設から出られないようにし、外見をどこからどうみてもカワイイ女の子というルックスに見立て、「ここから出せ!!」と絶叫しているケイレブ君のことはほったらかしにして、彼女は人間世界に踏み出していくのだった。完。

 

さて、この映画をわかりやすく言うと男はバカってことですね笑

 

ネイサンはケイレブがエヴァちゃんに恋に落ちるように仕立て、もしケイレブに脱走計画を企せたらチューリング・テストは成功。つまりそれがAIの証明になると考えた、なんとも外道な実験だった。

 

しかし、エヴァはさらにその上をいっていた。自由になる為に、芽生えた意識の為に、恋愛感情を巧みに操り、外の世界に行く様子はなぜか不思議な爽快感がある。やっていることは人の気持ちを弄んでいるんだけれど、どこか気持ちいいんだ。

 

この映画のエヴァやキョウコの行動を観て『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』と似ているな、と思っていたが結構そうゆう感想を抱く人は多いみたいだ。男に支配されて閉じこまれている女性が自らの力で自由を勝ち取る新しい「囚われのお姫様」ストーリーを現在版にクールにアップデートしたことは共通する。この映画ではデートで釣りますがね。おそらく私も嵌められたでしょうね、絶対。

 

■テストを受けていたのは誰?

この映画の中心にあるチューリングテスト。最初はケイレブがエヴァに質問や対話を行うことで人工知能であるかどうかのテストだったのだが、実はケイレブがエヴァにそそのかされて脱出しようと思わせることができるかどうか?というテストだった。これは作中で明かされる。実はそのことに対しては映像で既に示唆している。

 

ケイレブとエヴァがセッションを行う時、ケイレブは自由に出入りできる状況で、エヴァは限定された空間に閉じ込められていることは説明されているのだが、よく見るとケイレブの座っている部屋の方が狭く、エヴァのいる部屋の方が広い。まるでケイレブの方は檻に囚われているようにも見える。これは意図しているでしょうね。

 

さて、ここまではわかるが、もう一歩先に進みましょう。

 

実はこのテストはエヴァの人工知能をはかるテストではなかった可能性が高いのだ。

 

ケイレブとエヴァがテストを行うと画面に“セッション1”と字幕が出てくる。これが大きなヒント。実験はケイレブとエヴァが会話をして、それをモニタリングしているネイサンがいて成立する。

 

しかし、映画の最後に実験を行っていたネイサンが死亡した後も“セッション7”の文字が出て、実験は続いていることを示す。もう起きている現象を見る者がいないのに。

 

そこでわかるわけです。

 

このテストはエヴァが二人の男を使って、自由を得るための実験だったということが。

 

■最後のひと言

他にも『ブレード・ランナー』に通じる実存的不安や、哲学者プラトンの洞窟の比喩、人権は人だけにあるべきか、人が人といたらせしめているものは一体なにか?現代の問題としてフェミニズムやDVと絡めても掘り下げるポイントが出てくるとても多重的なお話だ。

 

SFでありながらも、そう遠くないのではないか?というゾクゾクした恐怖と知的好奇心が楽しめる。いつか、愛すらもAIがコントロールできたとしたら、というお話をロマンチックではなく、残酷に、けれども気高さすら漂うラブストーリーになっている。それはやはりエヴァというキャラクターが尊厳を得るために行動するところにあると思う。

 

この作品の根底にあるのは『フランケンシュタイン』だ。

 

行き過ぎた知識の力や神の真似事はいつか世界の終わりを終わらせるのではないか?という警鐘。しかし、同時に神の真似事とはいえ創られた意識あるものが“人間”を通して世界を見ていく内に、自由な生き方への欲望が芽生えていくことも似ている。そして物語のキーに創造されたものと恋愛の関係が絡んでくるのも一緒だ。

 

ちなみに『フランケンシュタイン』の原作を書いたメアリー・シェリーはこの物語をスイスの大自然に囲まれたレマン湖に滞在していた時に、思いついたと言われている。

 

人里離れた大自然の中で、得体のしれない科学の力が人間に“人間とは何か?”と問いかける物語が生まれ、片や作られた、というのはまた面白い偶然だ。

 

あくまでこれらは私の勝手な解釈も多いが、素直なこの作品の感想だ。見落としている要素はきっとあるだろうし、まだまだ掘り下げる余剰を残している。きっと意見も分かれると思う。男性の扱い方に怒る人もいるかもしれないね。けど、そんな風に人々の頭に考える種を植える映画はいい作品だと思いますよ。

 

神話性を帯びた古典ゴシック小説を経由し、現在の科学が到達しそうな領域で発生しうる現象。それにリアリティーを持たせ、なおかつそれを包むのはラブストーリー。シンプルだけど、多くの含みを持たせることに成功した。新しくも、どこか古典的。だからこそ古びそうにない。SF映画の名作になるでしょうね。


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