#28『ゼロ・グラビティ』
宇宙空間での映像の描き方をまた一歩先に推し進め、公開当時「映画館に宇宙遊泳してくるわ!」という映画飛行士たちのおかげで記録的大ヒットを叩き出す。しかし、映像はすごいけどストーリーはないよね、単調だね、空っぽだね、という感想が日本でも世界でもあるけれど…それって本当?今回は批判の対象になりやすい『ゼロ・グラビティ』のストーリーに着目します。
■ストーリーもゼロなのか?
映画のあらすじは単純で、「宇宙空間に取り残された宇宙飛行士が無事生還できることができるのか?」というSF&パニック映画。
冒頭から宇宙空間での長回しにぶっ飛ばされて、いくらCGを使ったとはいえどうやって撮ったのかわからない映像に酔わせる。これは映画館で、そして3Dで観て本当によかった。
しかし、映像面が余りにも突出していて、ストーリーがそれに伴っていない、ご都合主義でテーマが空っぽという感想が多々あった。そしてそれは映画館で観賞せずに、DVDなどになってから観られるようになると、映像を十二分に味わえないためにより期待外れ感があったレビューをよく見る。
それは結構海外のレビューでもそうで、IMDbという世界最大の映画情報サイトでもストーリー面に厳しく言及して低い評価を書いている人が多い。
でも、私はそうは思わない。
私はこの映画を映画館で観たとき、最初は映像に圧倒されっぱなしだったけど、映画の中盤のあるシーンから「これって、もしかして宇宙遊泳の話じゃないんじゃないか?」と思い始めたことからは、この映画のストーリーに心底感動した。
単調に見えるストーリーの裏に隠されたこの宇宙サバイバルムービーのテーマとは何か。
ではここから先はネタバレになります。
■誕生の物語
主演のライアンを演じるサンドラ・ブロック姉さんが無重力状態で宇宙服を脱ぐシーンはとてもセクシーで釘づけになってしまいましたよね、男性の皆さん!
エロチズムと無重力の融合!あれは昔『バーバレラ』という1968年映画でも似たようなシーンがあって、そっちもとてもエロティックで、40年以上も前に行ったことをまたも最新映像と技術を駆使して行う当たり素晴らしいですね。
さて、真面目な話。このストリップシーンこそこの映画の本当のテーマが隠されている。
宇宙服を脱ぎ捨てて、ホッと緊張感から一時的に解放されたライアンの姿勢に注目。両膝と背中を曲げて浮かんでいる様子。
これは胎児を表している。
注意深く見ると背景に様々なコードが空中でフワフワしているのが見て取れるがこれは臍帯(栄養素を胎児に送る管)だ。
つまり、宇宙船は母胎を表しているのである。このシーン以降、宇宙船=母胎ということを念頭に映画を鑑賞すると様々なシーン、台詞が違った意味を帯びてくる。
例えば、マット(ジョージ・クルーニー)が幻想となってライアンの元にやってくるシーンにて、「ここは居心地がいい」という台詞があるが、これは「ここ(羊水の中)にずっといるのは心地いいかもしれない。だが、生命はそこから抜け出なければならない」という事を示すと考えたら?
幻想のマットがいうセリフの裏側には「ここの外は様々な危険、悲しみ、困難がキミを取り囲むだろう。だがここは安全だ。しかし、そこに生きる意味はあるのか?生を受けた以上、外に出て、自分の足で生きていくんだ」という意味が隠されている。
そしてライアンが「この事故は誰のせいでもない」と言うシーンがあるが、生命を授かるということは誰も自らが臨んだものではなく、他者の意思によって半ば強制的に人生を歩むことを強いられてしまったことを差す。そしてライアンは「最高の旅だった」と言う。これはこの世に生を授かるという旅が、どんなものであろうと、素晴らしいんだ!と命を承ることを全肯定しているのである。
この映画は赤ちゃんがお母さんの中から出てくるという話だったのである。
宇宙漂流→地球への帰還は、お母さんの体内から外の世界へ出てくるという生命を持つ者すべてが経験する生まれて最初の大冒険を象徴している。
そしてライアンは二度目のこの大冒険を体験して生まれ変わることというのが裏テーマだ。
■産んでくれてありがとう
私の主張をまとめると、
表面的なストーリー:宇宙を漂流することによってトラウマを克服(成長)する物語
暗示されたストーリー:母胎から出産するまでの話
そんなのお前の勘違いor深読みだろ!と思われる方。そう思っていただいても別にいい。
だが、これからキュアロン監督が上記に記したようなことを確実に示唆しているシーンを述べる。
まず、中国の衛星「天宮」に乗って大気圏を突破するシーンだが、一見様々な破片が摩擦によって燃え盛り、ライアンの乗った機体だけが突き進んでゆく様子が見られるが、さてこのシーンのもう一つの意味は?
これは精子を表していると考えられる。燃え盛る形、先端が丸になって尾が引いている様子は精子の形そのものだ。ライアンの「10分後には燃え尽きるかもしれない」は多くの精子は死滅することを示唆している。
次に地球到達後、ライアンが危うく溺れそうになるシーンがあるがこれはどうしても溺れる必要があった。あの湖もまた羊水を表していて、ライアンが地球の大地に到達するために水の中を進んで行くことにより、生命が母胎を離れる最後の冒険が完結するのである。
そしてライアンが大地に降り立ち、立とうとするが最初上手くいかない。これは宇宙飛行士が無重力空間に長く滞在していると起こる現象で、一時的に上手く歩行ができないという症状が起こる。それに加えてこのシーンではライアンは生まれたばかりの哺乳類の赤ちゃんを連想させるように撮っている。そして最後は母なる地球に向かって「Thank you」と言い、立ち上がった瞬間に終わる。ライアンがGravity(重力)を感じて終わるのである。
では最後に決定打。エンドロールに注目。最後の方にスペイン語で「A MI MAMA,
GRACIAS」というメッセージが掲げられている。これは字幕が付いていないのでわかりにくいが、日本語に直すと「母へ、ありがとう」である。
この映画は母なる者への感謝、そして人生の旅に出発すること描いた映画だったのである。
これは人間すべて、いや哺乳類ならば誰もが経験する事柄なのに、誰も覚えていないし見たこともない物語。それをこれまで実現しきれていなかった宇宙空間の映像とミックスして作り上げたストーリー。つまり生命の誕生の疑似体験でもあったのである。
■最後のひと言
これでも私の勝手な誇大解釈かもしれませんね。でも私はこの映画を観てこのようなイメージが頭に浮かびなんてすごい生命賛歌な映画だろうと涙が出るほど感銘しました。
ちなみに、映像についてですが、監督自身も認めているように、「できるだけリアルにしようとはしたがフィクショナルな部分も残した」と言っている。なので映像や無重力の描き方にも専門家や詳しい方が見ると実は嘘があります。
だけど、本当の世界に嘘をついてでも描きたかったテーマがあるから、嘘をつくことを優先したんでしょうね。それは一体何か?それは私がこれまで書いてきたことだと思います。
嘘をついてでも描くものこそ、物語だともね。
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