ぼくはシネマしぇん!の一覧に戻る

2016年08月05日

#33『シン・ゴジラ』




※おことわり
最初に断っておきますが、私は『エヴァンゲリオン』を観たことがないんです。なので庵野監督の作風とかを知らずに、突如目の前に表れたものに対して率直な感想を申し上げますね。まるで、今回のゴジラのように….

観てない人はとりあえず劇場に走ってください。

■蘇った虚構
大傑作だと思います。えぇ、間違いなく。

今年は邦画が異例の豊作年だな、って思った矢先のコレか。度肝を抜かれましたよ。

この作品は見事に初代ゴジラの正当(真)なるシン(新)・ゴジラだと思います。

初代ゴジラで描かれていたような未知の生物が突如襲ってくる恐怖と、そしてそれを何とか人間の力でやっつけようとするエンターテイメントがちゃんとこの『シン・ゴジラ』にはある。

そして何より、ゴジラがシリーズを重ねるごとに剥がれていった、あまりに重い、ゴジラに込められた思いを再び、そして新しくまとって出現したことは本当に本当にひたすら素晴らしい。

初代ゴジラに込められた思いは何層にもあり、核の驚異、亡くなっていった英霊達、東京大空襲、台風など多くのメタフ
ァーがゴジラにはあり、それがゴジラをただの怪獣ではなく、キング・オブ・モンスターとして、半永久的な存在にしたと私は考えている。

今回のシン・ゴジラにも台風の進路を思わせるような映像が出てきたりしていますが、なにより今の日本だからこそ、目を背けちゃいけない事実を見つめている。

■カッコいい大人たちの姿
事の起こりから丁寧に、尚且つ早口と素早いカットでパンパンパンと事態が真っ直ぐと、遊びなく進んでいく。

未知の生物が表れ、それを一体どうするのか?という単純な図式。

これに多くの人間や政治的な駆け引き、しまいには外交も念頭に置かねばならなくなって、どんどんと関係者が膨れ上がってゆく。事態の収束に向けて必然的に紹介される人物の多さと、専門的な台詞の連続で置いていかれそうになりそうになるが、ならない!

工夫を凝らしたカメラワークや、素早いカット、迫力のある俳優の顔のアップの連続で緊張の糸をピンと張り続ける。そして何より、必死に働く日本人の姿をここまでカッコよく描いた事が大きな勝因だね。

徹夜明け後の汗の匂いや、ヨレヨレのシャツ、インスタントヌードルの空にラップで包んだ握り飯!がむしゃらに問題解決に向けて立ち向かう大人の姿を観て、子供も大人も「ゴジラをやっつけてくれ!」と思えるし、「明日から頑張ろう」とも気力をもらえる面もとても好きです。

※ここら辺からネタバレアリです。本当に読んでる場合じゃなく、是非劇場で打ちのめされて下さい。


■その時代の傷を纏った驚異
観る人によっては辛い映画だと思います。

なぜなら今回のゴジラは震災後のゴジラだな、っと思う描写が多々あるから。

今回のゴジラは今の日本に本当にゴジラが登場したら?を想定しているらしく、同時に1954年から作られている『ゴジラ』シリーズが存在しない虚構の世界だ。

だからゴジラが登場しても、誰も怪獣とは言わないし、ゴジラと名前が付くのもかなり後だ。

ゴジラが上陸するときに川や海に停めてあった船やボートが陸に上がってきたり、川の水が道路に流れ出して逃げる人々の姿や建物崩壊の様子は3.11を思い出さずにはいられないはずだ。そして震災の時と同じように、この驚異に名前をつけるという様子やニュースなどで知るというのも、東日本大震災や熊本地震の時のような既視感を感じる。

同時にゴジラが撒き散らす放射能の描写や原発の放射能漏れを懸念する台詞があったりと、福島第一原発事故後だからこそ、より我々の世界に近い虚構になっていてかなり挑戦的な題材を盛り込んだ。と、同時にゴジラ映画として見事に真摯な姿勢だと思う。

前述した通り、ゴジラは幾重にもメタファーが込められた偉大なるキャラクターだった。

ゴジラは戦争、原爆、放射能で傷ついた日本が生み出した神だ。

そのゴジラに今の時代だからこそ震災、そして原発事故を暗喩させる要素を纏わせたのは真っ当であり、作り手として、ゴジラを生んだ日本として、そして被爆国であり災害によって苦しんだ国だからこそ描くことのできる虚構だ。

作中の台詞や登場人物が話している通り、この国はメチャクチャになって再生を成し遂げた国である"事実"を信じ、だからこそ同時にまた乗り越えられるはずだ、という可能性や希望もちゃんと描いている。そこには右翼とか愛国心というよりも、まずは人間賛歌であるし、日本ならではの本気を見せてやるよって感じがまた熱く、ジーンとくるものがあります。

あと、人間がゴジラをやっつけるというのはシリーズ中でもかなり珍しいのでは。

もっと厳密にいうと初代ゴジラはオキシジェンデストロイヤーという存在しない武器、第二作では雪山を利用した作戦と、あり得ないものや、自然の力を借りてゴジラをやっつけている。

エメゴジ版は軍事力によってジラが退治されるのが正直「あぁアメリカナイズされているなぁ…」と思って寂しく感じてしまった次第ですが、今回の『シン・ゴジラ』では自衛隊や軍事力を見せつけた上で、被爆国や震災経験のある国ならではの発想と根性で人間の力のみでなんとかする!という所は、これまでのゴジラとは一線を画しているとも思う。

■最後のひとこと:怒れる新しい真・Godzilla

今回のゴジラは完全に人間にとっての驚異だ。乗り越えるべき存在だ。

1954年に作られた『ゴジラ』を海外のタイトルにする時、マーケティングの一環として"Gojira"ではなく、石原さとみ演じるキャラクターが呼ぶように"Godzilla"と"変え、God"="神"の要素を名前に付加させた。

これは本当に見事な英訳で、ゴジラが持つ、怒れる神という側面をちゃんとトランスレーションさせた。

そして今回の『シン・ゴジラ』は、新であり、真であり、偶然にも震でもある。そして、もちろん日本が誇る幾多の神々ように目に見えない存在"神"としても、初代ゴジラのテーマ性、恐怖、エンタメ、政治性、そしてその時代のキズを描くことを継承した。

過去の功績に敬意を払い、今この時代の現実に目を見据え、未来への大きな足跡と光を残した、大いなる虚構だ。

この時代にこの作品が生まれ、そして今観ることの意味はきっと大きいはずだ。

ゴジラ、完全復活だな!

作者プロフィール
どうでもいい情報ですが、私はゴジラと誕生日が一緒です。11月3日、文化の日。これは本当に気に入っています。余談でした。

コメント欄

コメントを投稿する

[承認制]このブログのコメントは記載者に承認されてから公開されます。

メールアドレス: / 名前:
コメント